最近、新しいものが売れないと世間では騒がれている。
新車の販売台数がどうのこうの。
家電がどうのこうの。
服がどうのこうの…。
列挙していけばキリがない。
異常な事態だと。
100年ぶりの不況と騒いでいる。
確かに不況だ。
でも果たして「新しいものが売れない」ことは異常なのだろうか?
僕の好きな作家がブログでこんなことを書いていた。
新しいものを作れば、どんどん売れる時代というのは、もう終わった。
古い名作を越える新作はそんなには出ないだろう。
工業製品も同じだ。古くなって買い替える必要がある以外は、ものはほぼ足りている。
性能がアップし、耐久性も増しているから、長く使える。
新しい製品は、古い製品よりも劇的に優れているわけではない。
技術的に達成されてしまったのだ。
中略
発展はいつまでも続くわけではない。これは悲しむことではない。
発展こそが異常な状態だった、と考えるべきだ。
発展の中で生まれたビジネスのスタイルは、
達成した安定社会では適用できないのは当然である。
不景気なのではなく、社会は定常状態に至りつつある、
と捉えるべきだと思う。
まさにそのとおりだと思う。
新しいものは余程技術的に新しいでないと売れないのではないか。
現実、今不況を感じず売れている家電はBluerayのレコーダーらしい。
成程、確かに技術的に新しいものだ。
その他の新しくても売れてないものは別に特別新しいものではない。
無理に新しいものを買う必要はない。
今あるものを大事に使う。
これが一番。
だって十分に機能はあるし、便利なんだから。
でもそしたら仕事はなくなる?
最後にこの作家はこんなことを書いていた。
昔はなかったのに、今は大勢の人たちが、
娯楽や趣味に関連する商品を作ったり売ったりする仕事をしている。
こういった衣食住に関係のない仕事は、貧しい時代には存在しなかった。
社会が達成に近づいても、仕事がなくなるわけではなく、
仕事というものの範囲が変わるだけである。
それもそのとおりだと思った。
仕事はなくならない。
今まで正しかったことが今正しいとは限らない。
別の視点を持っていこう。
・・・といろいろ言いたいことが混ざってきた。
そろそろこのへんで。
プレスのyohでした。